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公共交通機関と自転車の統合の歴史

デンマークは、自転車と公共交通機関の統合において世界的に先進的な取り組みを行っている国として知られています。この統合への道のりは、長年にわたる計画的な政策と市民の協力によって実現されてきました。

1970年代以前:
具体的な情報は見つけられませんでしたが、列車への自転車の持ち込みは制限付きで許可されていたようです。
1970年代:
オイルショック(1973年)の影響で、自転車利用への関心が高まったタイミングでしたが。列車への自転車持ち込みに関する具体的な政策変更の情報は見つかりませんでした。
1980年代:
この時期、自転車インフラへの投資が増加し始めました。
コペンハーゲンでは大規模な自転車レーン拡張計画が開始されました。
この頃から列車と自転車の統合的な利用を促進する政策の検討が徐々に始まったと考えられます

重要な転換点:
2010年にDSB(デンマーク国有鉄道)がSトレイン(コペンハーゲン近郊の通勤電車)での自転車の無料輸送を開始しました。これが大きな転換点となりました。

デンマーク交通省(Transportministeriet)の報告によると、2020年に政府と複数の政党が合意した政策では、自転車利用の促進と公共交通機関との連携強化に5000万クローネ(約10億円)の予算が割り当てられました。この政策は、自転車利用と公共交通機関の利用を同時に促進することで、環境負荷の低減と市民の健康増進を目指しています。
https://www.trm.dk/nyheder/2020/politisk-aftale-skal-sikre-staerkere-kobling-mellem-cykling-og-kollektiv-trafik/

公共交通機関内での自転車の持ち込みも、統合の重要な要素です。デンマーク国鉄(DSB)は2010年にSトレイン(コペンハーゲン近郊の通勤電車)での自転車の無料持ち込みを開始しました。この施策により、Sトレインの利用者数が短期間で約20%増加したことが報告されています。これは、自転車と公共交通機関の連携が利用者の利便性を大きく向上させ、結果として公共交通機関の利用促進にもつながることを示しています。
https://www.dst.dk/da/TilSalg/perspektiv/2024/2024-02-27-fra-skinner-til-cykler-med-dsb

写真 コペンハーゲン発着のS-Train SAタイプ: 8両編成のトレインセット

公共交通機関と自転車の連携の現状

デンマーク交通省の報告によると、16-74歳の全自転車利用の4%が他の交通手段(主にバス、電車、S-train)と組み合わせて利用されています。この数字は小さく見えるかもしれませんが、実際には非常に重要な意味を持っています。
(参照:デンマーク交通省 https://www.trm.dk/media/byxcsjmu/fremme-af-sikker-cykeltrafikpdf.pdf

この4%という数字は、特に自転車では遠く、自動車で高速道路を使用する10km以上の中距離の移動の代替えとなっています。自転車を公共交通機関の補完的な交通手段として利用することで、自転車および公共交通の利用可能性が拡大しているのです。

公共交通機関と自転車の連携を促進するために、デンマークでは様々な施策が実施されています。その一つが、公共交通機関内での自転車の持ち込みに関する取り組みです。
例えば、Movia(コペンハーゲン首都圏の公共交通機関運営会社)では、バス、ハーバーバス、ローカル列車での自転車の無料持ち込みを実施しています(参照:Movia https://www.moviatrafik.dk/om-os/klima-og-miljo/cyklen-rejser-gratis)。これにより、利用者は自転車と公共交通機関を柔軟に組み合わせて移動することが可能になっています。

実際に通勤時間帯のコペンハーゲン市内に向かう車内は下のように自転車エリアに入りきらないほど混雑しています。

デンマーク コペンハーゲン 自転車 インフラ 活用 道路 (236)

メインプレーヤーは中距離列車のS-Train

S-Trainは埼京線や京葉線、近鉄線のような都市と地方をつなぐ電車です。バスや地下鉄も持ち込み可能ですが、コペンハーゲン近郊の自転車利用の9割はこのS-trainが担っているという体感です。(明確な参照データはありませんでした)

2015年のデータでは、乗客の10%がS-Trainへ自転車を持ち込んで乗車しています。
2010 年に自転車を電車に無料で持ち込めるようにして以来、自転車を持ち込む乗客の数は 210 万人から 900 万人に増加しS-train の総乗客数も 20% 以上増加しました。サイクルチケットの廃止による収入の減少は、チケット収入の増加によって数倍の元が取れたそうです。

参照:https://ing.dk/artikel/cykler-oeger-antallet-af-passagerer-i-s-toget-markant

実際に利用している市民の立場から見ると、S-Trainの利便性は素晴らしいの一言。無料で予約も不要、ラッシュ時以外は十分はスロット数、乗せるのも簡単。もう最高に便利です。
晴れの日は自転車で行って、雨が降ってきたらS-Trainに乗って帰るという選択肢もできます。
もっと長距離路線のリージョナルトレイン (Regionaltog)は有料かつ予約が必要なので、日々の生活では面倒で使いづらいです。

S-Trainの仕様 *第4世代

– 車両構成

SA: 8両編成のトレインセット

SE: 4両編成のトレインセット

車両の長さ

SA: 全長約170メートル

SE: 全長約85メートル(SAの半分)

– 乗車定員 *全編成に自転車スロットあり

SA: 約336席(座席)、約580人(立席含む)、自転車スロット 28台

SE: 約134席(座席)、約330人(立席含む)、自転車スロット14台

– 使用路線

SA: 主に長距離路線や混雑の多い路線で使用

SE: 主に短距離路線や比較的混雑の少ない路線で使用

– 最高速度は120 km/h

路線図

コペンハーゲンを中心に北、西、南に路線が伸びています。
端から端まで乗ると約1時間程度。

 S-trainの様子

デンマーク コペンハーゲン 自転車 インフラ 活用 道路 (236)

公共交通機関内での自転車の持ち込みルール

公共交通機関内での自転車の持ち込みに関する規則は、地域や交通機関によって異なります。コペンハーゲンを含むDOT(Din Offentlige Transport)ネットワークでは、電車、メトロ、ハーバーバス、一般のMoviaバスでの自転車の持ち込みが許可されています。ただし、メトロでは平日の朝7時から9時、午後3時30分から5時30分のピーク時間帯は自転車の持ち込みが禁止されています(参照:https://www.rejsekort.dk/Det-Med-Smaat#f%C3%A6lles)。
カーゴバイク、バイクトレーラーはいずれの車両も持ち込みはできません。

自転車の持ち込みには追加料金がかかる場合があります。メトロ、バス、長距離列車では、別途自転車チケット(cykelbillet)を購入する必要があります。料金は短距離の場合14クローネ(約280円)、長距離の場合80クローネ(約1,600円)です。一方、Sトレイン、ハーバーバス、バスでは自転車は無料で運べます。

コペンハーゲン以外の都市の自転車持ち込みルール

オーフス(Århus)

-バス:
12メートル以上の通常サイズのバスに自転車を持ち込むことができます。
ミニバスには持ち込めません。
スペースがある場合に限り、バスの「ベンディ」(曲がる)部分に固定する必要があります。

-ライトレール(Aarhus Letbane):
自転車の持ち込みが可能です。

-列車:
地域列車とインターシティ列車で自転車の持ち込みが有料で可能です。
追加料金が必要な場合があります。

オーデンセ(Odense)

-バス:
地域バスと市内バスで自転車を無料で持ち込むことができます。

-ライトレール(Odense Letbane):
自転車(二輪のみ、カーゴバイクは不可)、スケートボード、キックボードの持ち込みが可能です。
1台のライトレール車両に約8台の自転車を収容できます。
フレックスエリアに自転車を固定するためのベルトがあり。
追加料金は不要です。

-列車:
地域列車とインターシティ列車で自転車の持ち込みが有料で可能です。

現状の連携における課題と改善の余地

デンマークは自転車と公共交通機関の連携において世界をリードする国ですが、自転車利用が進んでいるからこその課題もあります。特に混雑時の自転車スペース不足は、急速に成長する自転車利用者数に対応するための重要な課題となっています。

コペンハーゲン市の調査によると、2016年には初めて、日々市内を行き来する自転車の数が約26万台となり、自動車の約25万台を上回りました(参照:Ideas for Good https://ideasforgood.jp/2017/06/23/copenhagen-cycling/)。この急激な増加により、過去20年間で自転車の渋滞は68%上昇し、2025年までにさらに25%増加、ラッシュアワーには36%増加すると予測されています。
2024年時点で実際に観察したところ、最も交通量の多い道路、時間帯は1回の信号切り替えで100台以上滞留し、全員が渡り切れないタイミングもあります。(下記写真参照 )

デンマーク コペンハーゲン 自転車 インフラ 活用 道路 (559)

課題の解決に向けて、コペンハーゲン市は約180~300億円規模の自転車レーン優先8ヶ年計画を策定しています。この計画には、既存レーンの拡張、交差点での標識の改善、自転車専用の橋の建設などが含まれています。

公共交通機関との連携においても、混雑時の自転車スペース不足は大きな課題となっています。デンマーク国鉄(DSB)は2010年にSトレイン(コペンハーゲン近郊の通勤電車)での自転車の無料持ち込みを開始しましたが、これにより利用者数が短期間で約20%増加しました。しかし、この成功は同時に混雑時は輸送能力を超える自転車が発生することになります。

ラッシュ時間帯は自転車エリアには入りきらず、通路に手持ちで乗車する人もいます。(と言っても、混雑の状態は東京の都心電車に比べると5分の1ぐらいのガラガラとも言える乗車率です。)

写真 S-trainの通勤ラッシュ風景

コペンハーゲンを含むDOT(Din Offentlige Transport)ネットワークでは、電車、メトロ、ハーバーバス、一般のMoviaバスでの自転車の持ち込みが許可されていますが、混雑を避けるため、メトロでは平日の朝7時から9時、午後3時30分から5時30分のピーク時間帯は自転車の持ち込みが禁止されています。*中距離路線のS-Trainはいつでも無料で持ち込み可能で、このS-Trainが自動車の代わりに自転車で郊外から都心へ通勤するキーインフラになっています。

オランダ アムステルダムの自転車と公共交通

コペンハーゲンと並ぶ自転車都市のアムステルダムの公共交通ルールも比較としてご紹介します。

オランダは駅まで行って、自転車は駅の駐輪場に置いて電車に乗るというのがスタンダードで、全て持ち込みは有料。デンマークとは思想の違いを感じます。
駅に自転車を保管する必要があるため、数千台規模の駐輪場が各駅に設置されています。

以下オランダの自転車持ち込みルール

国内インターシティ列車(NS)*コペンハーゲンのS-Trainにあたる中距離列車

– 自転車の持ち込みには「NS自転車1日券」(Dagkaart NS fiets)が必要。

– 料金は7.50ユーロで、距離や目的地に関係なく固定料金。

– ラッシュアワー以外の時間帯に自転車の持ち込みが可能。

メトロ(GVB)
– ラッシュアワー以外の時間帯に自転車の持ち込みが可能
– ラッシュアワーは月曜から金曜の7:00-9:00と16:00-18:30[2]

– 自転車用のチケットが必要

– 自転車用の専用スペースに置く必要がある

– 青い自転車ステッカーがあるドア付近でのみ乗車可能

トラム(GVB)一般

– 自転車の持ち込みは禁止

トラム26(IJトラム)

– ラッシュアワー以外の時間帯に自転車の持ち込みが可能

– ラッシュアワーは月曜から金曜の7:00-9:00と16:00-18:30

– 自転車用のチケットが必要

バス(GVB)

– 自転車の持ち込みは禁止

フェリー(GVB)

– 自転車の持ち込みは無料で可能

– ラッシュアワーの制限なし

– 指定されたエリアに自転車を置く

全般的な注意事項

– 折りたたみ自転車は通常、無料で持ち込み可能

– タンデム自転車、カーゴバイク、自転車トレーラーの持ち込みは禁止[3]

これらのルールは、アムステルダムの公共交通機関を運営するGVB(Gemeentevervoerbedrijf)によって定められています。

参照 https://www.gvb.nl/en/travel-information/travelrules-and-conditions

混雑時の自転車スペース不足

オランダと比較するとデンマークの駐輪場は非常に貧弱で、駅の周りや街のあちこに車輪を差し込むラックを分散配置しています。
オランダのように数千台規模の駐輪場は非常にわずかです。
コペンハーゲン市も改善の計画は健闘していますが、ほぼ全ての駅で以下のような駐輪場の運用です。

写真:コペンハーゲン市内地下鉄隣接の駐輪場 奥のエレベーターは地下鉄へつながっています。

以下はオランダの駅直結の駐輪場。

この状況を改善するため、コペンハーゲン市は新たな駐輪スペースの設置と既存施設の更新を計画しています。特に、オランダを参考にした大規模な駐輪場の導入が検討されています。大規模な駐輪施設で、屋根付きの構造や警備員の配置により、自転車の盗難や風雨から守るものです。

デンマークは非常に治安の良い国ですが、自転車の盗難は非常に多く2023年のデンマーク全体における自転車盗難件数は、46,131件でした。これは2022年の統計であり、2021年と比較して23%の増加。
コペンハーゲン市における2023年の自転車盗難件数は、17,316件でした。コペンハーゲン市だけでデンマーク全体の自転車盗難の約37.5%を占めています。
この数字は警察に届けられて、デンマーク統計局(Danmarks Statistik)が集計した数字なので、実際の件数はさらに多いという感覚です。*安い自転車、子どもの自転車などは盗難届を出さないことが多いため。
東京都内全体の自転車の盗難件数は、警視庁の統計で2023年は27,174件。一見東京と大差ないように見えますが人口が全く違います。

人口
コペンハーゲン:800,000人(2022年)
東京都:14,000,000人(2024年)
東京都の人口はコペンハーゲンの約17.5倍

面積
コペンハーゲン:183.20 km²
東京都:2,199.94 km²
東京都の面積はコペンハーゲンの約12倍

これだけの差があって、盗難件数は1.5倍しか変わらないことを考えると相当自転車が盗まれていることが分かります。
その背景もあって、駅に安心して駐輪できる場所のニーズはあるように思います。

参考:https://www.dst.dk/da/Statistik/nyheder-analyser-publ/bagtal/2024/2024-07-01-en-tredjedel-af-aarets-cykeltyverier-sker-om-sommeren

地方部での連携は?

デンマークは自転車と公共交通機関の連携において世界をリードする国ですが、都市部と地方部では大きな格差が存在します。特に地方部では自動車の利用が圧倒的です。コペンハーゲン中心地から10km離れると完全に車社会の町に変わります。

16-74歳の全自転車利用の4%が他の交通手段(主にバス、電車、Sトレイン)と組み合わせて利用されていますが、この数字は主に都市部での利用を反映しています(参照:デンマーク交通省 https://www.trm.dk/media/byxcsjmu/fremme-af-sikker-cykeltrafikpdf.pdf)。

もう1つの大きな都市のオーデンセ市の交通手段分担率データによると、自転車の利用率は全体の20%を占めています、これも都市部での利用率を反映しています(参照:オーデンセ市 https://www.odense.dk/byens-udvikling/klima/en-ny-groen-mobilitetsplan/noegletal-for-trafik-og-mobilitet)。

一方、地方部では公共交通機関の整備が遅れており、自動車の利便性が高く、保有コストも低いため、自転車と公共交通機関の連携が十分に機能していないのが現状です。

以上デンマークの自転車と公共交通機関の連携についてでした。